尾高惇忠生家

先日埼玉県深谷市に営業に行った際、渋沢栄一の従兄であり、渋沢栄一の人生に大きな影響を与えた尾高惇忠の生家と渋沢栄一ゆかりの建造物、誠之堂と清風亭へ立ち寄ってきました。

■尾高惇忠生家

尾高惇忠とは

尾高惇忠は天保元(1830)年、下手計村に生まれました。通称新五郎、諱は惇忠、藍香と号しました。渋沢栄一の従兄にあたり、栄一は少年時代からこの藍香のもとに通い、論語をはじめ多くの学問を藍香に師事したことが知られています。後世、〝藍香ありてこそ栄一あり〟と称えられた人物で、知号合一の水戸学に精通し、栄一の人生に大きな影響を与えました。惇忠自身、富岡製糸場の初代場長、第一国立銀行仙台支店支配人などを務めた志士であり実業家として知らています。

引用元:尾高惇忠生家パンフレット
江戸時代後期に惇忠の祖父母が建てたといわれる〝尾高惇忠生家〟
尾高惇忠生家(市指定文化財)
尾高惇忠生家説明板
主家1階の座敷の一部
手前にある写真が「尾高惇忠」。奥の床の間にある額の文字は渋沢栄一の書によるものだそうです。
深谷市指定文化財指定書
台所と勝手口
煉瓦造土蔵(深谷市指定史跡)

尾高惇忠生家

〒366-0002 埼玉県深谷市下手計236

  • JR高崎線「深谷駅」よりタクシーで15分
  • 関越自動車道「花園IC」より車で約25分

■誠之堂・清風亭(渋沢栄一ゆかりの煉瓦建築)

誠之堂・清風亭とは

誠之堂と清風亭は、共に東京都世田谷区瀬田にあった第一銀行の保養・スポーツ施設「清和園」の敷地内に建てられていたものを現在地に移築復元したものである。誠之堂は大正5年(1916)、渋沢栄一の喜寿(77歳)を記念して、第一銀行行員たちの出資により建築された。清風亭は大正15年(1926)、当時第一銀行頭取であった佐々木勇之助の古希(70歳)を記念して、誠之堂と並べて建てられた。2017年9月21日、当時の天皇皇后が私的な行幸啓で来訪し、渋沢栄一記念館や渋沢栄一生家である中の家とともに視察した

引用元:誠之堂・清風亭パンフレット

■誠之堂

日本煉瓦製造(深谷市)で生産したレンガを使って建てた誠之堂(国指定重要文化財)
左右両端にベンチが設けられているベランダ
柱や手すりにも細かい装飾が施されています。
「西洋風の田舎屋」という雰囲気で設計されたレンガ造りの玄関
細かな装飾やデザインが施された大広間
それぞれ柄の違ったステンドグラスがはめ込まれた暖炉脇6面の出窓
大広間暖炉上の渋沢栄一のブロンズリーフ

■清風亭

白壁とレンガのコントラストが美しい清風亭(埼玉県指定有形文化財)
スパニッシュ瓦、5連アーチ、円柱装飾などスペインの南欧風建築
スクラッチスタイルが施された5個のアーチが特徴的なベランダ
大広間は三連のアーチ型の出窓や窓枠にある円柱装飾、二層のシャンデリア、レンガ造りの暖炉など、貴重な装飾を見ることができます。
大広間中心の暖炉には当時からに火除け板が、暖炉上には当時の写真が残されています。

誠之堂・清風亭

〒366-0002 埼玉県深谷市起会110-1

  • JR高崎線「深谷駅」よりタクシーで15分
  • 関越自動車道「花園IC」より車で約25分

渋沢栄一ゆかりの地を回り、町の偉人、町の歴史を残そうと情熱を傾けた先人達、その魅力をより多くの人々に伝えようと携わる人々の想いを肌で感じ、私たち五幸堂も、私たちのまち〝川越〟と共にこれからも歩んでいこう!と強く感じた五幸堂でした。

TEL:049-293-4022 FAX:049-293-4023
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